研究紹介‎ > ‎著書‎ > ‎

呼び覚まされる霊性の震災学

呼び覚まされる霊性の震災学 目次

まえがき

第一章 死者たちが通う街 タクシードライバーの幽霊現象 工藤優花

第二章 生ける死者の記憶を抱く 追悼/教訓を侵犯する慰霊碑 菅原 優

第三章 震災遺構の「当事者性」を越えて 水上奨之

第四章 埋め墓/詣り墓を架橋する 「両墓制」が導く墓守りたちの追慕 斎藤 源

第五章 共感の反作用 被災者の社会的孤立と平等の死 金菱 

第六章 672ご遺体の掘り起こし 小田島武道

第七章 津波のデッドラインに飛び込む 消防団の合理的選択 小林周平

第八章 原発避難区域で殺生し続ける 伊藤翔太郎

プロジェクトを終えて 東北学院大学 震災の記録プロジェクト


呼び覚まされる霊性の震災学 はじめに(一部抜粋)

 「深海に棲む魚は、おそらく最後まで水というものに気づかないだろうという。何かの偶然が水面に運び、大気に触れさせない限り、彼は水というものの存在を意識しないであろう」
リントン『パースナリティーの文化的背景』

 深海魚は水以外の存在を知らないために、水面から出ない限り「水」を捉えることはない。文化人類学者のリントンは右のように述べている。3・11大震災後、スリランカを訪れて調査をしていたとき、あることが気になった。二〇〇四年一二月クリスマス翌日の二六日、インドネシアのスマトラ島沖M9・1の地震で発生した大津波は、インド、モルディブ、アフリカ諸国にまで達し、死者・行方不明者は合計で22万7898人にものぼった。そのうち、スリランカでは4万人の津波犠牲者を出したが、スリランカの慰霊碑を現地で見ると、列車に避難していた乗客や住民が津波に飲み込まれる様子がリアルに描かれていた(写真0・1)。それだけでなく、当時の写真やテレビニュースの画像を調査同行者から差し出されて見ると、そこには津波によって流された剥き出しのご遺体が大きく写し出され(写真0・2)、現地の人に聞いても、それは当然という答えしか返ってこなかった。

 普通の日本人が報道で知ることができる災害の被害とは随分状況が異なる。日本では多くの犠牲者が出て、何万人が死亡したという単なる数値の羅列だけがあり、死者そのものはタブー視されて巧妙なまでに隠されていることに気づかされる。プライバシーの問題、惨事ストレスの軽減、文化的要因など、死者をさらけ出さない理由は多数あげられるが、少なくともそれは世界共通ではなく、日本に特有かもしれない。死の世界を遮蔽することは、あたかもそれがなかったかのごとく、当たり前のように了解される。

 これはリントンが比喩で述べた深海の魚と水の関係であり、深海魚を日本人、水を死に変換すれば、無意識のうちに包まれている日本文化の外に出ない限り、死を知覚することはできないのかもしれない。身近に経験しながら「死」として意識されず、単なる出来事の一つとして押し流される。死を通過しない災害は、まるでドラマ仕立てであるかのように一部始終が美しく彩られる。私たちは半透明の被膜に目を覆われ、ただ「災害」をそれとなく眺めているだけである。その結果、私たちは死に対して不感症になり、それが死への感受性の「浅さ」となって撥ね返ってくる。災害列島に身をおき、災害を文化の中に訓化し、飼育する反面、災害が生じるたびに尊い犠牲を払い続け、その都度ゼロから死に対処せざるをえない。

 他方、水(=死)を知覚した人びとがいる。できれば誰しも忌避したいことであるが、突然災害に襲われて肉親の死に直面し、あるいは職業上ご遺体の収容や引渡しに対処する。遺体安置所で、口が開いたり、裂傷を負っていたり、砂や泥がこびりついた何百ものご遺体の中を捜し歩く家族や、たとえ運よく見つかっても、ドライアイスが不足し、警察からせいぜい自宅の風通しのよい所に置くように言われ、火葬の見通しも立たず、混乱した状況で待たされる人びとがいた。

 このように、災害において身を削られるような思いで肉親を捜し出し、最期の別れの時を過ごした人たち、行方不明のまま宙吊りにされた人 たちの経験がただの数値に還元され、過ぎ去った歴史の一コマとして「復興」や「絆」の歯切れのよい掛け声の陰で葬られようとしている。 哲学者の中島義道は、

「あのとき死んだ一人ひとりが、それぞれただ一度の死を死んだことが覆い隠されてしまう。視点は自然に全体へと向かい、社会へと向かい、一人ひとりの人間を代替可能であるかのように数えだし、そして津波で死んだ人びとに対して、膨大な量の普遍的かつ抽象的な哀悼の言葉が投げかけられる」(中島 2014: 17-18)

と述べ、内向きから外向きに視点が完全に逆転することに警鐘を鳴らしている。私たちは鋭敏すぎるほど、このことに五感を研ぎ澄ます必要があるだろう。

 本書はタブー視される「死者」に対して、震災の当事者たちはどのように向き合わなければならなかったのかを、綿密なフィールドワークを通して明らかにする。この試みを、意識の古層にあった死が呼び覚まされる〝霊性〟の震災学と名づけることにしよう。未曾有の災害において艱難辛苦を嘗め尽くした経験の末に、彼ら彼女が到達したのが〝霊性〟であった。

 霊性の代表的な論者は『日本的霊性』を著した鈴木大拙であるが、批評家の若松英輔は、それを形而上学的超越とつながる、いのちの根源的な働きであるという(若松 2015)。人間の秘められた高次の感情である〝霊性〟を、知識や概念としてではなく感覚的に〝わかる〟境地に、震災の当事者たちは到達している。私たちは本書でその痕跡をたどりたい。狭量な因果関係による科学的説明では捉えきれない、もっと深い宗教性にまで降り立った死生観が、被災地の現場では求められている。水面に接した深海魚が水を知覚した時の〝わかる〟感覚を大切にしたいと考える。

 地震と津波による建物の倒壊や土地の流失、原発事故による避難などはすべて平面上の「横」の動きに関わる。自然の猛威を前になす術もなく、平面上をただ移動して逃れるのに対して、人類規模で対処しようと物資をつぎ込み、空間を組み立てる復興過程の「縦」の動きが旗幟鮮明となる。二度と津波を被ることのないように高く積み上げる防潮堤、高台移転やかさ上げ工事等がそれである。前者の平面を横へ流れる動きは、人間を自然の下位に押し戻すのに対して、後者の上へ向かう空間の縦の動きは、人間が自然の上位に立つことで対抗しようと試みる。

 それに対して、本書は第三の道を提示する。地に足をおき、後者と同じ空間の高みを目ざす精神性と、内なる高次の感情の次元に視野を転じる。生と死の〈はざま〉のコスモロジー(=霊性の世界)である。そのヒントとして、文化人類学者の岩田慶治の論考がある(岩田 1993)。 岩田は、精霊の住む大地と天上の世界に人間の住む場所として〈眼の高さの世界〉を挙げている。祭りなどの文化的儀礼には〈とぶ〉という身体的行為が存在する。このとぶという行為を繰り返すうちに、この世とあの世、有と無が媒介され、跳ぶ時は天上に地上が映り、しゃがむ時は地上に天上が映り、天と地が近づく。跳ぶ人の眼には二つの世界が映る。天に触れる時と地に触れる時の二つの時が繰り返されて回帰する。そうすると「〈眼の高さの世界〉あるいは人間の〈文化〉の虚構性が脱落して、そこに確かな一つの世界、天と地を含む世界のリアリティを直覚することになる」(岩田 1993: 213-214)という。卓見である。

 津波や原発によって文化の虚構性が暴かれた社会において、一足飛びに天に向かう動きに飛躍するのではなく、眼の高さを起点とする天と地の間の往復運動によって、身体性を伴う言語以前の、コミュニケーションの場を設定しうる可能性が示される。生者と死者が呼び合い、交換し、現世と他界が共存する両義性の世界が、すなわち〝霊性〟である。

 本書を通して、呼び覚まされる霊性、生と死の〈はざま〉の次元から、従来とはまったく異なる災害社会学を立ち上げてみたい。突然襲来した大津波・原発事故・巨大地震という人知を超えた未曾有の災害に翻弄されながらも、人はしだいに日常に回帰してその延長に災害を置き直し、自らコントロール可能なものに転回させる力を秘めている。人間の力では抗することのできない荒ぶる自然に対して、それでも生き残った生者が目に見えぬ死者と呼び合い、時には遣られ、時には抗しながら、独自の〝霊性〟の世界を醸成する。

 呼び覚まされる霊性、生と死の〈はざま〉のコスモロジーへの着目と微細な観察は、生と死の共属関係を捉えることでより慈悲深い鎮魂の場を見いだし、表現するねらいがある。被災者の耐えがたい「災害期」を短縮する防災・減災策に新たな死生観をもたらし、災害社会学に意義深い射程を与えるであろう。

Comments